労務管理

解雇,残業,ハラスメントといった労働トラブルは,対応を一歩誤れば,経営の根幹を揺るがしかねない事態に発展します。
終身雇用の時代は終わり,人材は流動化しています。法的な情報へのアクセスも容易になり,労働者の意識も高まっています。
会社にとって,法令を遵守した適切な労務管理を行うことは,喫緊の課題です。
ここでは,会社経営者の皆様に向けて,労務管理の重要性とポイントを説明していきます。

労務管理

労働トラブル対策

雇用契約締結時から雇用契約終了後まで,様々な労働トラブルが起こりえます。

しかし,労働トラブルの大半は,実は事前の対策により予防可能なのです。また,トラブルが生じても迅速かつ適切な対応をとることにより,紛争の拡大を防ぐことが出来ます。

図① 雇用契約の流れとトラブル例

第1.雇用契約締結時のポイント

雇用契約書や就業規則は,法令に従った整備がされていますか?

ひな形をそのまま用いて,実際の労働実態から乖離した規定になっていませんか?

法令に従い,かつ,実態に即した労働条件の整備は,労務トラブル予防の重要な第一歩です。

1.労働条件の明示

従業員の雇用にあたっては,労働条件を明確にしておくことが重要です。

労働条件が不明確であったり,必要な条件を提示していなかったため,後々従業員との間でトラブルに発展するおそれがあります。

労働基準法は,特に次の労働条件について,労働者に対し,書面で明示することを求めています(労働基準法第15条)。

① 契約期間

② 有期雇用契約の更新の有無,更新がある場合には更新の判断基準

③ 勤務場所,内容

④ 労働時間,休憩

⑤ 賃金の計算と支払方法,締め日と支払日

⑥ 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

パートタイム労働者を雇用した場合には,さらに,昇給・退職手当・賞与の有無を文書により明示する必要があります(パートタイム労働法第6条1項)。

2.就業規則の整備

就業規則のチェックポイント

就業規則とは

労働条件や服務規律などについて使用者が定める規則をいいます。

就業規則に,合理的な労働条件が定められており,かつ,これが労働者に周知されているときは,その就業規則に定められている内容が,労働者の労働契約の内容そのものとなります(労働契約法第7条)。

労働基準法には,「常時10人以上の労働者を使用する使用者」は,就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない」(労働契約法第89条)と規定されています。

就業規則と個別の労働条件の合意の関係

労働者との間で,就業規則と異なる内容の労働条件を合意することも可能です(労働契約法第7条但書)。

ただし,その合意内容が,就業規則で定める基準に達しない場合には,合意は無効となってしまいます(労働契約法第12条)。

つまり,労働者との間の個別の合意により,就業規則より労働者にとって有利な労働条件を合意することはできますが,就業規則を下回る労働条件を合意しても,その合意は向こうであり,結局就業規則に定める基準が適用されることになるのです。

就業規則に記載すべき事項

Ⅰ 絶対的必要記載事項…必ず定めなければならない事項

①始終業時刻,休憩時間,休日及び休暇に関する事項,
②賃金の決定・計算・支払い方法等に関する事項,

③退職(解雇,辞職,定年)に関する事項
Ⅱ 相対的必要記載事項…制度を設ける場合には記載が義務づけられる事項

①退職手当に関する事項,
②臨時の賃金等および最低賃金額,

③食費や作業用品等の労働者の負担,④表彰および制裁(懲戒)

Ⅲ その他

Ⅰ・Ⅱの他にも,使用者は公序良俗に反しない限り,自由に「任意的記載事項」を定めることができる。企業の社会的責任の理念,行動原則等 

 

就業規則の作成・変更手順

※(就業規則の周知)

各作業場の見やすい場所に掲示や備え付ける,磁気ディスク等に記録して各作業場に読み出し機器を設置,書面の交付など,労働者が知ろうと思えば知り得る状態にしておく必要があります。

第2.雇用期間中のトラブル対応

給与や勤務時間,勤務場所といった労働条件は,労働者にとって非常に重要なものです。ですから,使用者が,労働者の労働条件を一方的に不利な内容に変更することは,原則としてできません。
それでは,給与カットなど,労働者の労働条件を変更するためには,どのような手続きが必要となるのでしょうか?

1.労働者の労働条件の不利益変更

賃金一律カットは納得ずくのはずだった?

現在経営が苦しいため,全従業員の給与を一律カットしたいと考えています。全体説明会を行い,多くの従業員は納得してくれましたが,数名の従業員は不満を持っているようです。
多くの従業員は納得してくれているので,来月から,全従業員の給与カットを実施してもよいでしょうか。

給与や勤務時間,勤務場所といった労働条件は,労働者にとって非常に重要なものです。ですから,使用者が,労働者の労働条件を一方的に不利な内容に変更することは,原則としてできません。
それでは,給与カットなどの労働条件の変更を実施するためには,どのような手続が必要なのでしょうか?

個別合意による労働条件の変更

労働者と個別に合意を取り交わせば,労働条件を変更することができます(労働契約法第8条)。

ただし,就業規則を下回る労働条件を合意することは,そもそも許されません(労働契約法第12条,就業規則と個別の労働条件の合意の関係

したがって,このような場合には,その労働者と個別的な合意を取り交わすだけでなく,就業規則も変更しておく必要があります。

就業規則による労働条件の不利益変更

就業規則を変更することにより,労働者の労働条件を変更することができます。就業規則を変更することができるのは,次の2つの場合です。

① 就業規則の変更に合意がある場合

労働者の合意があれば,就業規則を変更することができます(労働契約法第9条)。

② 就業規則の変更に合意がない場合

では,一部の労働者が,就業規則の変更に合意しない場合はどうしたらよいでしょうか?

就業規則の変更には,原則として労働者の合意が必要ですが,次の要件を満たす場合には,合意がなくとも,就業規則の変更によって,労働者の労働条件を変更することができます(労働契約法第9条但書,同第10条)。

・変更後の就業規則を労働者に周知させること
・就業規則の変更が,合理的なものであるとき
※合理性の判断事情
労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情

給与や退職金のカット,その他,従業員の勤務条件を不利な内容に変更する場合には,手順を誤るとトラブルに発展しかねませんので,事前に専門家にご相談ください。

2.残業トラブル対策

労働者の長時間労働は,高額な残業代を発生させるという問題にとどまりません。労働者の心身の健康を害し,精神疾患に罹患させ,過労死や自殺という事態をも招きかねません。どのような対策を講じる必要があるのでしょうか?

使用者の労働時間管理義務

従業員の労働時間の管理は、使用者の義務です。
使用者は,労働者の労働時間を正確に把握して,所定労働時間を超えないよう管理し,残業をさせる場合には法令の手続に則り、かつ、適正な割増賃金を支払わなければなりません。
「労働者が個人の判断で深夜まで残業をしている,残業時間は自己申告制なので,正確な残業時間は分からない。」「勝手に残業をしていたのだから,残業代を支払う必要はない。」などという言い分は,通りません。

時間外労働,休日労働を行わせるには

(1)36協定の締結義務

時間外労働・休日労働を行わせるためには,労働者の過半数を代表する者又は労働組合との間で、書面により36協定を締結しなければなりません(労働基準法第36条)。

36協定は,所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。

36協定により延長できる労働時間の上限は,原則週15時間,月45時間です。

(2)割増賃金の支払い義務

時間外労働,休日労働を行わせた場合には,協定の有無にかかわらず,法律上次の割増賃金を支払う義務が生じます(労働基準法第37条)。

① 法定時間外労働は 25%以上増 

② 法定休日労働)は 35%以上増

③ 午後 10 時から午前5時までの深夜労働は 25%以上増

☆ 例えば、法定労働時間外の労働かつ深夜労働であった場合(①+③)は、支給される賃金は50%以上増えます。

※ 1 か月 60 時間を超える時間外労働については 50%以上の割増賃金

ただし、中小企業については当分の間25%以上の割増

よくあるトラブル・誤解~タイムカードの運用と労働時間の管理~

労働時間の管理には,タイムカードが有用です。しかし,タイムカードを利用しているにもかかわらず,その運用が杜撰であるため,労働時間を巡って(残業代の額を巡って)トラブルに発展することがあります。

元従業員から,タイムカードの打刻時間を証拠として,高額な残業代を支払えという裁判を起こされました。

元従業員は,始業時刻より30分以上早く出勤して,すぐにタイムカードを打刻していましたが,実際には始業時刻まで席で新聞を読んでいただけで,ほとんど労働はしていません。また,残業をしていたこともありますが,業務終了後にロッカールームで食事をしたり,喫煙をして長時間休憩し,帰宅直前にタイムカードを打刻していました。

タイムカードは実際の労働時間を反映していないので,タイムカードの時間に基づく残業代の支払には応じられません。

このような言い分は通るでしょうか。

 言い分を通すことは難しいと考えてください。
現状の裁判実務は,タイムカードの打刻時間を以て,労働時間を認定する傾向が強くあります。使用者には,労働時間を正確に把握する義務があり,正確な労働時間を把握していないのは使用者の責任であるという考えが根底にあるからです。

上記のようなタイムカードの杜撰な運用を許してしまうと,実際の労働時間とタイムカードの打刻時間にずれが生じてしまい,労働時間を正確に把握することができなくなってしまいます。実際は労働をしていないにもかかわらず,その時間分の賃金支払義務が生じてしまうことになりかねません。

このような事態を避けるため,会社としては,従業員に対し,タイムカードにはあくまで正確な労働時間を打刻するよう指導を徹底する必要があります。

「管理・監督の地位にある者」には、労働時間、休憩及び休日に関する労基法の規定は適用されません(労働基準法第41条)。

この管理監督者は,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい,ある従業員がこれに該当するか否かは,名称にとらわれず、実態に即して判断する必要があります。

店長,マネージャーだから,といった理由だけで,時間外割増賃金を支払わなくてよいということではありません。

従業員との間で,「管理監督者にあたるので残業代不支給」との合意を締結していたとしても,管理監督者であるか否かは,あくまで客観的に上記の基準で判断されることになります。

 

よくあるトラブル・誤解~「管理監督者」の意味~

「管理・監督の地位にある者」には、労働時間、休憩及び休日に関する労基法の規定は適用されません(労基法41条)。
この管理監督者は,労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい,ある従業員がこれに該当するか否かは,名称にとらわれず、実態に即して判断する必要があります。
店長,マネージャーだから,といった理由だけで,時間外割増賃金を支払わなくてよいということではありません。
従業員との間で,「管理監督者にあたるので残業代不支給」との合意を締結していたとしても,管理監督者であるか否かは,あくまで客観的に上記の基準で判断されることになります。

3.問題のある従業員への対応~懲戒処分を行うには~

従業員の問題行為に対しては,使用者として,適切な注意指導を行う必要があります。場合によっては,職場の秩序を守るために,従業員に対し,戒告や減給といった懲戒処分を行うことも検討しなければなりません。

ただし,懲戒処分を行う場合には,就業規則に規定してある懲戒規定のルールを十分に理解した上で,ルールに則って,慎重に手続を行わなければなりません。実際に処分を科す際には,事前に専門家に相談しながら,手続を進めましょう。

(1)懲戒処分とは

使用者が,従業員の秩序違反行為に対して加える一種の制裁罰です。

懲戒の種類には,譴責,訓告,戒告,減給,出勤停止,休職,諭旨解雇,懲戒解雇等があります。

(2)懲戒処分の有効要件

懲戒処分が有効になされるためには,

①懲戒処分の根拠規定があること,

②懲戒処分事由に該当すること(客観的合理的理由の有無)

③処分が相当であること,

④手続が相当であること

という要件を満たす必要があります(労働基準法第15条)。

懲戒処分の根拠規定

懲戒処分を行うためには,就業規則に,懲戒事由と懲戒の種類が明記されていなければなりません。

懲戒事由の該当性(客観的合理的理由の有無)

懲戒事由の有無は,しっかりと調査をした上で判断しなければなりません。

裁判所は,懲戒事由の有無を厳格に判断します。特に重い処分を科す場合には,単に規則に違反したかどうかだけでは足りず,違反行為の性質,程度,態様を踏まえ,企業秩序を乱すものかどうか,という実質的な判断がなされます。

処分の相当性

例え懲戒事由があったとしても,懲戒事由の程度・内容に照らして,懲戒処分内容が重過ぎる場合には,社会的相当性を欠くとして,処分は無効となります。

また,懲戒事由に該当する違反行為があっても,いきなり重い懲戒処分を科すと,相当性を欠くとして処分が無効であると判断されかねません。

まず,注意や指導を行い,次いで戒告等の軽い懲戒処分を科す,なお改善がなければ,そのことを理由として重い懲戒処分を科す,といった段取りを踏む必要があります。

手続きの相当性(適正手続)

懲戒処分を行う際には適正手続の保障が要求されます。

就業規則に定められた手続(弁明の機会,賞罰委員会の開催,組合との協議)を無視して行われた処分は,無効となることがあります。

なお,本人の弁明の機会は,規定の有無を問わず必要な手続きであるとされます。

適切・有効に懲戒処分を行うためには,慎重かつ正確な手順が必要です。違反行為の調査段階から,専門家を入れて対応することが望ましいでしょう。

4.ハラスメント問題

近年,ハラスメントトラブルが増加していますが,会社には、良好な職場環境を保つ義務があります。

ハラスメントトラブルは,被害者の精神や身体には深刻なダメージを与えます。精神疾患を発症して自殺に至ってしまうケースも少なくありません。

他の労働者の士気の低下,会社の信用低下,多額の損害賠償金負担等,会社存続の危機にもなりかねません。

使用者には,ハラスメントとは何か,使用者が講ずべき義務は何かを理解し,ハラスメントトラブルの発生・拡大を防止することが求められています。

(1)セクハラ

セクハラとは

セクハラとは,労働者の意に反する性的言動のことです。

職場におけるセクシャルハラスメントには,次の2種類があるとされます(均等法第11条1項

)。

① 対価型

労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により,その労働者が解雇、 降格、減給、労働契約の更新拒否、昇進・昇格の対象からの除外等,労働条件につき不利益を受けるもの

② 環境型

労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの

使用者の責任

セクハラにより被害者に損害が生じた場合,直接の加害者のみならず,使用者も民事上の損害賠償責任を負います。

<責任の根拠>

・使用者固有の不法行為責任(民法第709条)

・使用者責任(民法第715条)

・職場環境配慮義務違反等の労働契約上の債務不履行責任(労契法第3条,同第5条,民法第415条)

<賠償すべき損害>

・精神的苦痛に対する慰謝料

・逸失利益(退職を余儀なくされた場合)

被害者が,セクハラを原因として退職を余儀なくされたと認められる場合には,収入機会を逸したとして,相当期間の逸失利益についても,賠償義務が生じる可能性がある。

・治療費,休業補償,逸失利益

セクハラを受けた被害者が,精神疾患を発症することもある。この場合には,治療費や会社休職中の休業補償等についても,賠償義務が生じる可能性がある。また,自殺に至った場合は,逸失利益や死亡慰謝料も賠償範囲となる。

使用者のセクハラ対策義務

男女雇用機会均等法は,使用者に対し,セクハラ防止のため必要な措置を講ずることを義務づけています(同法第11条)。

具体的に,使用者が管理上講ずべき義務は,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(厚生労働省告示第三百八十三号)に明記されています。 

(2)パワハラ

パワハラとは

パワハラとは,職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為,とされています(厚生労働省「職場のいじめ・いやがらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ報告」)

セクハラと異なり,パワハラの場合は,指導・叱咤激励なのか,業務上の適正な範囲を超える違法な暴言なのか,その線引きが難しいことがあります。

使用者の責任

セクハラの場合と概ね同様です。


使用者のパワハラ対策

セクハラと異なり,防止対策義務を定めた明文規定はありません。

しかしながら,パワハラの場合も同様に,

・どのような言動が,パワハラ行為に当たるのか明示する。

・相談窓口を設置する。

・発覚した場合には,事実関係を速やかに調査して,事実が確認できた場合には,被害者に対する配慮,加害者に対する措置を行う。

・再発防止策の検討

といった対策を明確化しておくべきです。

ハラスメントトラブル防止のために

ハラスメント防止のためには,どのような行為がハラスメントとして違法であるのか,被害にあった場合,発見した場合,どのような対応を取るべきなのか,専門家による研修を通じて,従業員のハラスメントに対する意識を変えていくことが重要です。

第3.雇用契約終了時のトラブル

1.解雇

解雇の有効性をめぐるトラブルは数多く生じています。

しかし,そのほとんどは,事前の対処により回避できた可能性があります。

どのような場合に解雇することができるのか,手続に問題はないか,解雇前に行っておくべきことは何かを,専門家とよく相談しておくことが重要です。

(1)法律上の解雇規制

そもそも,以下の場合には,法律上解雇が禁止されています。

労働基準法

・ 業務上災害のため療養中の期間とその後の 30 日間の解雇

・ 産前産後の休業期間とその後の 30 日間の解雇

・ 労働基準監督署に申告したことを理由とする解雇

労働組合法

・ 労働組合の組合員であること等を理由とする解雇

男女雇用機会均等法

・ 労働者の性別を理由とする解雇

・ 女性労働者が結婚・妊娠・出産・産前産後の休業をしたことを理由

とする解雇

・ 労働者が育児・介護休業を申し出たこと、または育児・介護休業を

したことを理由とする解雇

(2)普通解雇とは?

解雇とは,使用者による労働契約の解約です。このうち,整理解雇と懲戒解雇以外の解雇を普通解雇といいます。

解雇権濫用法理

客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には,解雇権を濫用したものとして,解雇は無効となります(労働契約法第16条,「解雇権濫用法理」)。

解雇事由を就業規則に明記しておくことはもちろんのこと,当該解雇事由に該当するか,該当したとして社会通念上相当か否かは,個別事例に応じて判断する必要があります。解雇を行う前に,専門家にご相談下さい。

能力不足や適正欠如を理由とする普通解雇の注意点

就業規則の解雇事由「勤務状況が著しく不良で、改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ないとき。」に該当するとして,解雇する場合の注意点。

<判断ポイント>

・労働契約の継続を期待しがたい程重大なものか

成績不良や適正欠如が,会社にどの程度の不利益を与えるものであるのか,を考慮する必要があります。「企業経営や運営に現に支障・損害を生じ,又は重大な損害を生じるおそれがあり,企業から排除しなければならない程度が必要」と判示した裁判例もあります。

・労働契約において求められた能力,資質との乖離の有無

一定の職歴や職務能力を期待して中途採用された場合に,会社が求める能力や資質を欠くことが判明した場合には,能力不足を理由とする解雇は認められやすくなります。

これに対して,長期雇用を前提し,配置転換も予定とする新卒社員の場合には,能力不足や成績不良があっても,その程度や改善可能性等が慎重に判断されることになります。

・改善可能性

 成績不良があっても短期間で判断することは注意を要します。能力不足は,将来の改善可能性も踏まえて判断する必要があります。

・使用者が解雇回避措置をとったか

配置転換や降格によって対応できないか,適切な教育指導はなされたのかが判断されます。

特に長期雇用を前提とする新卒社員の場合,このような措置もなく解雇をすることは,注意が必要です。

<解雇の前に行うべきこと>

成績不良や能力不足の内容,程度を客観化しておく必要があります。漠然と「できが悪い」というだけでは,解雇事由になりません。

本人のためによかれと思い,人事考課上の評価を下げずにいる場合がありますが,日頃から本人の成績や能力を適正に評価しておくことが必要です。

また,教育指導の内容や頻度も,記録しておくことが大事です。

解雇にあたって

① 解雇予告義務・解雇予告手当の支払い(労働基準法第20条)

解雇をする場合,使用者は少なくとも 30 日前に解雇の予告をする必要があります。解雇の予告をしない場合には、30 日分以上の平均賃金(=解雇予告手当)を支払わなければなりません。

※除外認定

労働者の責めに帰すべき事由に基づいて介意こする場合は,予告手当の支払を免れますが,使用者は,所轄労働基準監督署から除外認定を受けなければなりません。

② 解雇理由証明書の交付(労働基準法第22条)

 労働者からの請求があった場合には,使用者は遅滞なく解雇理由証明書を発行しなければなりません。解雇理由は具体的に示す必要があり,就業規則の該当条項,内容,当該条項に該当するに至った事実関係を記載する必要があります。 

(3)整理解雇とは?

経営上の理由による解雇は,労働者に何ら帰責性のないにもかかわらず,職を失わせるものですから,解雇の有効性は厳格に判断されます。判例上,次の要件が必要であると言われています。

① 人員削減の必要性

整理解雇を実施しなければ倒産の危機に瀕する程度の差し迫った必要性までは,必要ないとされています。個別事案に応じて判断されますが,少なくとも,人員削減の必要性と矛盾する企業活動を行っている場合(多数の新規採用,賃金や賞与の大幅アップ等)には,必要性が否定されます。

② 解雇を回避する努力をしたか

収益UPの経営努力,残業規制,賃金カット,新規採用の中止,退職奨励,規模退職募集等の措置を講じる必要があります。

③ 被解雇者の人選は合理的か 

被解雇者の人選にあたっては,客観的かつ公平な基準を設けなければなりません。恣意的な人選は合理性を欠くと判断されます。

④ 解雇手続は妥当か

労働者や労働組合に対し,誠実に協議し,説明を行う必要があります。

(4)懲戒解雇

懲戒解雇は,最も重い懲戒処分です。退職金の不支給を伴うことも多く,労働者の権利に重大な影響を与えます。

労働者に懲戒解雇事由に該当する非違行為があったからといって,安易に懲戒解雇を選択すべきではなく,まずは普通解雇や他の処分を検討すべきです。

やむなく懲戒解雇を選択する場合は,懲戒解雇事由の有無,相当性の有無を慎重に判断し,就業規則に定めた懲戒解雇手続に則って処分を行う必要があります。

懲戒解雇事由の判断

形式的に懲戒解雇事由に該当するとしても,その行為が,その性質及び態様その他の事情に照らし,重大な業務命令違反であって,企業秩序を現実に侵害する事態が発生しているか,あるいは,その現実的な危険性を有していることが必要とされます。

よくあるトラブル・誤解~解雇予告手当の支払い~

懲戒解雇の場合であっても,当然に解雇予告手当の支払いを免れるわけではありません。除外認定を受ける必要があります。

よくあるトラブル・誤解~退職金の不支給~

懲戒解雇に伴って退職金の不支給が当然に認められるわけではありません。

あくまで就業規則上の根拠が必要です。

また,就業規則に退職金不支給条項があるからといっても,当然に不支給が許されるわけではありません。去の労働に対する評価を全て抹消させてしまう程度の、著しい不信行為があったか否か,といった観点から有効性が判断されます。

2.雇止め

雇止めとは,有期雇用契約の更新を繰り返して,一定期間雇用を継続したにもかかわらず,契約更新をせず期間満了により終了させることをいいます。更新拒絶によるトラブルが多発しています。どのような対策を講じるべきでしょうか?

雇止め法理とは?

有期雇用契約の更新を繰り返して,一定期間雇用を継続したにもかかわらず,契約更新をせず期間満了により終了させることをいいます。

有期雇用契約は,期間が満了により当然に終了しますので,使用者が更新するか否かは使用者の自由のはずです。

しかし,更新が何年にも渡り何度も繰り返されていた等,一定の場合に,判例は,解雇権濫用法理を類推適用し,合理的理由のない雇止めは無効としてきました(「雇止め法理」)。

① 実質無期タイプ 期間の定めのない雇用契約と実質的に同視できる場合

② 期待保護タイプ 更新が多数回に及ぶなど,更新への期待が客観的に認められる場合

雇止めに関する労働契約法改正のポイント

労働契約法は平成24年の改正により,雇い止め法理を明文化し,さらに,以下のルールを設けました。

① 無期労働契約への転換(労働契約法第18条)

同一使用者との間で,有期雇用契約が通算5年を超えて繰り返し更新された場合,労働者からの申込により,無期雇用契約に転換します。

※対象となるのは,平成25年4月1日以後に開始する有期労働契約

② 雇止め法理の法定化(労働契約法第19条)

<対象となる有期雇用契約>

・過去に反復して更新されたことがあるものであって、更新拒絶が,社会通念上解雇と同視できると認められるもの

・労働者が,期間の満了時に契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認められるもの

労働者が,期間満了前か満了後遅滞なく,更新の申込をした場合,使用者の更新拒絶が,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上層等であると認められない場合には,使用者は,従前の有期労働契約の内容と同一の労働条件で申込を承諾したと見なされます。

紛争予防のために

更新を予定していないのであれば,労働者に更新に対する期待を抱かせないよう,その旨を予め契約書上明確にし不更新条項を設けておく等の措置を講じておくべきです。

その他,採用時に更新に対する期待を抱かせる言動をしないこと,漫然と更新せず,更新毎の手続きを厳格化すること等の措置も必要です。

第4.雇用契約終了後のトラブル

退職した元従業員が,同業他社に就職し,あるいは自ら起業して,在職中に得た顧客情報やノウハウを利用することは,会社にとって大きな損害をもたらす恐れがあります。

そこで,このような不利益を避けるために,会社はどのような対策を講じることが出来るでしょうか。

1.秘密保持義務

退職した従業員が,在職中に得た重要な企業情報を漏洩することで,会社に損害が生じる恐れがあります。

このような事態を避けるためには,あらかじめ,従業員との間で,退職後の秘密保持義務について合意しておく必要があります。

もっとも,退職後もなお秘密保持義務を課すことは,従業員が自ら得た知識を自由に利用することを制約し,従業員の職業選択の自由や営業の自由を制限することになります。

そこで,退職後の秘密保持義務は,無制限に有効とされるものではなく,秘密の性質・範囲,価値,退職前の地位等に照らし,合理的なものでなければなりません。

なお,当該秘密が不正競争防止法上の「営業秘密」該当する場合には,同法に基づいた措置が可能となります。

2.同業他社への就職と競業避止義務

退職後の従業員に対し,同業他社への就職を禁止することが出来るでしょうか?

秘密保持義務と同様に,あらかじめ,従業員との間で,退職後の競業避止特約を締結しておく必要があります。

もっとも,競業避止義務は,秘密保持義務以上に,職業選択の自由への制約が重大です。

そこで,競業避止特約の有効性は,秘密保持特約以上に,その合理性が厳しく判断されます。具体的には,退職後の業務内容,禁止の必要性,退職前の地位・職務内容,競業行為禁止の期間・地理的範囲,代償措置の有無等を判断材料に,合理的範囲内にとどまる制限でなければ,公序良俗に反し無効とされてしまいます。

3.義務違反の効果

秘密保持特約や競業避止特約に違反する場合には,特約に基づき,違反者に対して次の請求をすることが出来ます。

損害賠償

損害が生じた場合には,特約違反を理由として,損害賠償請求をすることができます。

ただし,特約中に義務違反を理由とする違約金や損害賠償の支払に関する約定を定めても,無効です(労働基準法第16条)。

競業行為の差止

競業行為の差し止めは,予め特約に明示されており,かつ,その内容が明確かつ合理的であり公序良俗に反しない場合に,当該特約条項に基づき,違反行為の差し止め請求をすることができます。

退職金の不支給・返還

退職金の不支給は,条項を定めていたとしても,限定的に適用されます。違反行為が,過去の労働者の功労を失わせる程重大な背信行為といえなければ,全額不支給とすることはできません。

なお,明示の禁止特約が無い場合でも,秘密漏洩の程度や競業行為の態様が悪質である場合には,不法行為が成立し,損害賠償や差止め請求を行う余地があります。もっとも,不法行為が成立するのは,限定的な場合であり「雇用契約終了後は,当然に競業避止義務を負うものではないが,元従業員の競業行為が,社会通念場自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で雇用者の顧客を奪取したと見られるような場合」であるとされています。

4.紛争予防のために

① 就業規則,雇用契約書への明記

退職の際,当該労働者との間で,退職後の秘密保持義務・競業避止義務の合意を取り付けることは困難です。

そこで,このような義務は,予め就業規則や雇用契約書に明記しておくことが重要です。

取付が可能であれば,退職時に改めて禁止行為の範囲等について自覚を促すという観点から,退職前に個別の合意書や誓約書を取り付けることは有用です。

② 合理的な内容であること

上記のとおり,職後の秘密保持義務・競業避止義務を定める就業規則等の規定は,合理的な範囲内であることが必要です。

義務内容が無制限であるものは,かえってトラブルの原因になりかねません。

規定内容は,専門家の意見を踏まえ,明確かつ合理的な範囲内のものでなければなりません。

労務管理(PDF)

医療介護経営者のための労務管理
弁護士法人龍馬 おこのぎ法律事務所 弁護士 金井 健
弁護士法人龍馬 けやき野事務所   弁護士 栁澤有里

目次
1.弁護士から見た労務管理の重要性
2.労務環境の整備のために
3.労務管理の実際
   ~具体例で検討してみよう~
4.まとめ
けやき野龍馬セミナー(労務管理・金井・栁澤)15.10.27.pdf
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介護に携わるみなさまへの弁護士法人龍馬の3つのサポート
弁護士法人龍馬だからできるサポートでよりよい経営のお手伝いをいたします。
介護事業者向けリーフレット完成版.pdf
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